失恋

 中学生の頃、音楽や映画に失恋の痛みみたいな描写があると「フーンそんなにつらくないだろ」と紗に構えてみていたものだった。だが実際に高校・大学と思春期に恋人との失恋が訪れると、その感触は想像をはるかに超えていた。
 理性的にどう制御しようとしても、脳内でケミカルな暴力が吹き荒れる。失恋という事実そのものよりも、失恋に激しく反応する自分に戸惑ってしまう。
 思い出の品を処分し連絡先を消去するという王道で感情を封じ込めたわけだが、やるせない気持ちだけはくすぶり続け鎮火に時間がかかるものである。


 今当時の自分にアドバイスするなら。無理に気持ちを押し殺す必要は無い。何かに触れて悲しい気持ちや泣きたい気持ちが沸いてきたなら、沸いてきたことを尊重してあげればいい。そう感じてはいけない、そんな風に思ってはいけないと努めなくて良い。ある文脈やある局面で、どういった音色を鳴らすのが自分なのか。化学反応を見守る化学者のようにしていればよい。
 また逆に、沸いてきた気持ちに付き合わなくても良い。気持ちに従い行動してみてもかなわないことは叶わないのだ。そういう気持ちが咲いたことをまず愛でれば良い。


 踏み潰すのでもなく抜いて鉢に植えるでもなく、気持ちの咲き具合を観じていられれば。何も感じないコンクリート地帯から踏み出して感情のジャングルを育てる。最近出来るようになったことなのだが、当時の自分に伝授してやりたい。
 花が咲いたのをきちんと見てから、さあどうするか。私にはその余裕が必要だった。