行く末は決まっており、問題はどこにでなくどう行くか

 無風の中では容易く出来ることも、逆風が吹けば困難になる。
逆風の只中での思いは、無風になると薄らいでしまう。
順風逆風無風、いずれの風でもぶれない事。一朝一夕では成し得ない。
朝鍛夕錬の必要がある。


 その朝鍛夕錬を支えるものがあるとすれば、おそらくそれは有限性の自覚だ。
批判や非難のベクトルが私を向いても、そうでない時と同じ態度を貫けるか。
願望や希望が成就しても、同じ態度を貫けるか。
心の内側へ引きこもる誘惑に駆られても、同じ態度を貫けるか。
有限性の自覚は、それら勇ましく艶かしいものたちの只中にあっても
私を呼び起こしてくれる。


 最近、食事が美味しく美味しくない。
以前は腹を満たすためにドカドカっとかき込んでいたが
じっくりと食事に向き合うことの大切さに気づいた。
どんなに粗末でも、この食事が最後になるかもしれない。
行住坐臥に同じか。


 別れた恋人が素敵に見えるように、失ってはじめて大切さに気がつくもののように
欠片は遠ざかり関与不可能になると画然と存在感を示しだす。
次がある、という眩惑をあてにしなければ、間近の欠片も見えるだろう。
命を懸けない行為などない。