自戒のためにたびたび記しておきたいのは、いまどうするかがすべてということ。過去を後悔のフレーバーをもって思い返したり、未来にわたって直面していく苦難を想像してげんなりしないこと。いま成すひとつの呼吸、ひとつの歩み、ひとつの姿勢こそすべてだということ。
 そんないまとの向き合いは一生をかけて鍛錬していく必要がある。いまは、「何をする」と「どのようにする」が混じりあう汽水域のような時間である。内容と形式は優劣がつけられない関係だという理解が芽生えてきたのだ。以前はやはり内容が主で形式はどこまでも伴だと考えていた。よくよくいまを見渡してみると思い違いであった。例えば会話によるコミュニケーションをとる際、しばしば話の中身より重要なのが発声や表情や身振り手振りといった形であるように、形式の影響力は非常に大きい。品を大事にするとは、そういった視点を忘れず実践出来ることではないか。ということで品を大事にしていきたい。
 形というキーワードでいえば、私の理解では落語は形を楽しむものだと思っていて、古典的な営みには多かれ少なかれ内在しているように思う。ちょっと個人的な思い出を掘り返してみると、ビジュアル系アーティスト達は印象的であった。ひたすらシンプルにコストの安いCDジャケットがあふれる中、ごてごてと凝りに凝ったジャケットデザインで存在感を放っていた。特にジャケットの内側は違いが顕著にあらわれる部分であった。主流ではないものの国境を越えて疾走し続けるビジュアル系に形の力を見せつけられる。